斜張橋の耐震補修業務

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評価モデルの高度化によるコスト削減

 

1995年1月17日、淡路島北部を震源として発生した阪神・淡路大震災は、都市部を中心に壊滅的な被害をもたらした。阪神高速3号神戸線の倒壊に象徴されるように、幹線道路は寸断され、救助活動や緊急物資の輸送にも大きな支障をきたした。

この震災を機に道路構造物の耐震基準が改定されたが、全国に約15万橋存在する既設道路橋の点検・補強は容易ではない。このため、国や都道府県は2005年、「緊急輸送道路の橋梁耐震補強3箇年 プログラム」を策定し、同年から3年をかけて、特に重要度の高い道路橋の耐震補強に重点的に取り組んだ。

吉岡が入社7年目で経験した2径間連続鋼斜張橋の耐震補強業務も、この「3箇年 プログラム」の一環だった。当時、耐震補強業務の受注はピークを迎えていたが、斜張橋の耐震補強は当社でもほとんど前例がない業務であった。

 

緊急物資の輸送道路に架かる長大斜張橋の耐震補修

 

「2径間連続鋼斜張橋の耐震補強」とは、どのような業務でしたか?

主塔の調査に向かう吉岡

主塔の調査に向かう吉岡

この橋は東京外かく環状道路に架かる長大斜張橋で、大震災時には緊急物資の輸送道路として特に重要な役割を担っています。しかしながら、当初設計が昭和50年代後半で、耐震基準の改定前であったことから、現行の耐震基準を満たしていません。そこで、現行基準に照らして、弱い箇所を抽出し、必要な補強設計を行ったのが本業務です。

補強設計が難しく、国の研究所等の学識経験者によって構成された委員会で当社の業務成果が審議されることになっていました。私は5人ほどのチームの主担当者として、施工計画以外のほぼ全般(目標とする耐震性能の設定~現況の性能評価~補強必要箇所の特定~補強工法の立案~選定)に従事しました。


業務の中でもっとも困難だったのは、どのような点でしたか?

ケーブル制振ダンパーの診断を行う吉岡の上司

ケーブル制振ダンパーの
診断を行う吉岡の上司

従来通りの簡便な設計方法では、補強が必要となる箇所が多く、地盤深くに支持されている基礎構造(ニューマチックケーソン)も補強必要箇所として評価されました。しかしながら、ケーソン基礎の補強は大規模な土留め工が必要で工費増大が避けられない上、前例も少なく、その補強効果が投資に見合うかどうかの判定も難しいものです。発注者は基礎の補強は回避したいと考えており、委員会においても当初の評価結果は現況基礎の保有耐震性能を過小評価しているのではないかと指摘されました。

 

 

評価モデルの高度化により補強コストを低減

 

その課題にどのように対処されましたか?

耐震照査は一般に、地震応答解析によって得られる構造物の変形やひずみ、応力等を表す「応答値」が、耐力や粘り強さを表す「抵抗値」と同等もしくはそれより小さければ、安全と評価します。

今回の業務では基礎の補強が本当に必要か否かを検証するため、地震応答解析に用いる基礎のモデルを詳細に検討することから始めました。結果として補強が必要な箇所を見直し、合理的に補強コストを低減出来るのではないかと考えたからです。

まず、当初の地震応答解析による応答値の算出過程には、実際の大規模地震時の挙動と乖離があるのではないかと考えました。

新設橋梁の設計の場合、大規模地震時には支承や橋脚が塑性化 (*1) することを前提にエネルギー吸収を図る設計を行うため、基礎は弾性体 (*2) としてモデル化します。しかし、本橋の場合、基礎の耐力が橋脚に比べて十分に大きくはないこと、周辺地盤が軟弱であることから、基礎も塑性化するものと考え、それが評価できるモデル化を行いました。

また、抵抗値の算出においても、通常は簡便化のために基礎を梁要素でモデル化しますが、ケーソンのような断面の大きな構造を梁理論ベースで解いたのでは正確な耐力評価が難しいと考えました。そこで、基礎をソリッド要素でモデル化した「弾塑性FEM解析」という手法を用いて耐荷力を算出しました。

このように応答値・抵抗値の評価モデルを高度化した計算を実施することにより、結果として基礎の補強の必要性が無くなり、その他の部位の補強規模も減らすこととなりました。当然、補強コストも大幅に低減することができ、客先にも喜ばれました。

(*1) 塑性化…ある部材に力を加えて変形させたとき、部材の弾性限界を超え、変形したままの状態になること。
(*2) 弾性体…荷重により変形するが、荷重を除くと元の状態に戻る性質を持つ部材。

 

教科書通りにはいかない。重要なのは実際の橋の挙動をイメージすること

今回の業務で学んだことは、「実際がどうなのか」ということを意識する重要性です。新設橋梁の設計であれば、設計上の仮定が大幅に非合理的でなければ許されますが、既設の補強設計では実際の橋の挙動をイメージして、ラフな仮定の中に隠された過剰な安全率を見直し、評価の妥当性を高めることが重要なのだということを学びました。これが補強設計のおもしろさだと思います。

2008年7月、今後増加が予想される既設構造物の保全へのニーズに応えて行くため、社内に保全エンジニアリング研究所が設立され、私はその一員となりました。現在は、構造物の現状を把握し、補修の必要性や補修内容についての判断を行う業務を担当していますが、入社7年目の耐震補強業務を通じて身につけた「実際がどうなのか」ということを意識する姿勢は、現在も生きています。

計測を行う研究所のメンバー

計測を行う
研究所のメンバー

2008年、吉岡らは「斜材の実損傷による鋼トラス橋の振動特性変化に関する一検討」をテーマに、構造工学シンポジウム論文賞を受賞した。今後も、振動を利用して橋梁の健全性を計る診断技術の確立を目指したいという。

吉岡によれば、保全エンジニアリング研究所は飲み好き、カラオケ好きの芸達者が集まった部署。研究開発を主な業務とする一方、各支社の保全業務を支援する部署でもあるために出張の機会も多いが、吉岡は、出張先で名産品を食べる、地酒を飲むなど、現地を堪能することを楽しみにしている。

東北支社 構造保全計画室
吉岡 勉
入社:2000年
専攻:環境基盤工学
保有資格:技術士(建設部門)
一級土木施工管理技士


採用特集:02 国道改築のための道路予備設計へ